猫と一緒にお前も飼わせてくれ

自分メモのゆる備忘録。好きなものこととか色々入り乱れ書き殴り

地獄は、この頭の中にある<虐殺器官 感想>

 

虐殺器官の見すぎでハラペーニョピザが食べたくなっているミルクティーですこんにちは。

いとぷろラスト作も無事に円盤化されていよいよ本当に終わってしまった。愛が止まらないのでメモともいえない吐き出しを。

 

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タイトルだけ見ると劇中でピザを食べる描写が例え三回もあろうとも食欲が増すような作品とは思えないよね。どちらかといえば吐き気を催しそうな雰囲気。

 

確かに殺戮は起きるし、主人公はジェノサイドの真っただ中にいるのだけれど、全体を覆う空気は常に乾いていて冷静。計劃氏の言葉を借りるならフラットだ。

 

視聴している側にも痛覚マスキングが作用してくる 

淡々と一人一人撃ち潰していくのに吐き気はおろかむしろ爽快。ピザ食べたくもなる。(お前だけ)

 

ここからネタバレ有り自己責任でお願いします。

 

 

劇はさっき借りた「極めてフラットです」という言葉から暗転、タイトルロゴ。その言葉に余韻を残す。うまいよ・・・。

物語中半から後半にかけてある主要人物も「フラットだ」と主人公に叩きつけるのだけれど。胸アツです。序盤の言葉が拾われる。きれいなまとめ方だ・・・

 

 

【背景の薄いクラヴィス

 

感情的なタッチの文を描けないのは計劃氏の弱点だと思うけれど、「痛覚マスキング」「感情調整」で弱点をうまく利用してきた今作。

 

しかしながらやはりクラヴィスがルツィアに固執した事やジョンの虐殺を起こす動機など若干切実さに欠けて見えた。

・・後者、納得はできても、という印象。力を持ってしまえばたとえ一人だろうともその罪を負う決意が出来るのだろうか。彼はどこまでも正気だと、クラヴィスは言っていたけど、、。

最初に文法に捉われたのは彼だろうから、その辺りには覆いがされていたとも思える。彼自身が、「覆いをすることを許」したわけではないだろうけれど。

 

前者の件は劇場版ではクラヴィスの背景(主に母親の下り、アレックスの死のあたり)がざっくりとカット・改変されてしまっているため余計に唐突に思える。

 

母親の下りがあってこそルツィアに慕情ともいえぬ複雑な何かを抱いてしまっていたことに説得力が増すので、そこを潔くサクッとカットした劇場版では、ルツィアも何らかの文法を使うただの言葉通りのファムファタルになってしまっていた。

(原作ではルツィアこそが自分を許し得る、罰し得る存在だと言っており、そこまで固執するには若干熱情感が足りない気がしたけど、クラヴィスは子供だからね・・、個人的には著者の作品には慕情やドラマチックさなどが不足していると思う。外せないワードとして絡んでくるわりには押しが弱い印象。)

 

アレックスの死の改編もクラヴィスの感情的な部分をさらに読みづらく薄めたように思うけれど、、、あれはあれで尺面考えてざっくりと虐殺の文法たるものを分かりやすく誇示したとは思う、うまいよ(二回目)本人がグルジア語に達者だと言ってしまっている上に、虐殺の王自ら、感情調整をしていれば文法は更に効果的だろうと答え合せをしてくれるからね。。

 

どうでもいいけど背景が空っぽの割には特殊部隊の中でエリートとして過ごしてきたからだろうかなんとなく子供っぽくて作中一貫してDTっぽい部分は原作の印象どおりだなと思った。

 

いつもそんな目で登場人物を見てはいないけれど、原作で喪失している旨の発言があって、その設定に疑問を感じながら見てしまっていたので。紳士だからなどということではなく、この世に理性を超えた熱烈なものがあることを、彼は知らなそうに見える。

感情にフォーカスをあてた文の弱さからくるものかな、原作ウィリアムズとの会話に微妙な説得力の無さを感じていたw(その時不感症だなとも言われてはいたし、ウィリアムズが結局よく分かっているのかも

 

【原作でのイメージと劇場版での視覚情報】

 

劇場が作品初見だったので映像に先行されてイメージしながら読んだ部分も少なからずあったとは思うけど、原作を知っている状態で見ると細かいスポットの当て方などでテンションが上がる部分が多々。

筋肉繊維の棺桶がくずおれてゆく様やプラハのクラブでの奈落、スキンヘッドの彼など。。

 

逆に、劇場で見て説明不足ゆえ消化不良だった部分は原作で完全に補完されぴたんとくる。私は初っ端のスラムでの出来事と飲み込んでいたタグの意味がわかって落ち着いた。そうです、もう、全く初っ端から躓いていたのよw

 

 

【極めてフラットな視聴サイド】

 

はじめにも書いたけれど、インドで子供兵を一人一人漏らすことなく撃ちつぶしてゆくシーン。その時のクラヴィスに対してジョンは「フラットだ」と叩きつけます。その言葉は、ただ、クラヴィスだけに向けられたものと思えなくてハッとする

 

この感覚はもしかして映像化ならではかもしれないのだけれど、初め言ったようにまさに見ているこちら側にも感情調整やマスキングが利いてくるのである

 

仕事とはいへ子供兵ですよ。一人一人確実に殺していく圧倒的ジェノサイド 

本来ならばこの情報を視覚から叩き込まれて苦しくない筈がないのに。なんなら気分が悪くなってもおかしくないのに。むしろハイになってくるような。

スコープ越しに淡々と仕留めていく様がゲーム感覚でむしろ爽快に思えたり。

 

ねえ、恐ろしいよね、これ。ジョンに言われて初めて気付くのよ 

ラヴィスの言う「つらいが仕方ない、仕事だから」というのは便宜上、建前として、人間として、そう正しく「認識できている」だけで、痛みと同様「感じられはしない」。

 

敵の感情面を一切描かずまるで本当にゲームのプレイヤーのように主人公たちを動かし、まさに「淡々と」殺す様を描いた事、それはもちろん主人公たちにマスキングがかかっていることを示しているのだけれど、クラヴィス目線で進む劇につられてしまう視聴サイドもどうにもそのマスキングにかかったようなフラットな気持ちで画面を眺めてしまうのだ

 

映像化の妙だよなあ。引き込むんだよ 

本来なら引き込むことが難しいであろうフラットなスペクタクルに・・。すごいね。(小学生)

 

ドミノ・ピザの普遍性はあるいは。】

 

ラストに関して劇場初見では原作のあのエンドに繋がっていると思えなくて、むしろ一件落着してしまったのだと勘違いしていた。

 

この先は視聴者の想像に委ねる余韻を残す勢いで作ったのだろうけど、個人的にはクラヴィスがあの選択をしたこと匂わせる程度でもいいから書いてほしかった

彼が選んだのは覇権言語なのですよ。。。

 

 

この選択で起きる大災禍がハーモニーの世界に繋がるという正真正銘の公式設定、胸熱です・・。

ていうか、屍帝みたいにエンドロールあとに入れてくれるのではと期待した。

 

プロジェクトラスト作に思いを馳せるには多少強引ではあるけどこのくらい余韻を引っ張った終わりでよかったのかな。原作読みたくさせる終わりではあるかもしれない・・。

 

 

 

 

私が劇場を見に行った日、帰りに偶然同じ回を見ていた中~高校生くらいの女の子二人組(多分大学生ではないとおもうんだよなあ。。)と電車が同じになり、感想をふんだんに盗み聞きすることが出来たのだけれど(やめろ)

彼女らは声優目当てだったようで(櫻井さんが好きみたいだった)そういうライトな目線で見て欲しい作品じゃないな、とは思ってしまった。

 

彼女らは大きな声で「アニメとか声優好きな人に見てほしいね!」と言っていたけれど、どちらかといえば映画が好きでよく見ている人に勧めたい作品だと思った。

 

 

虐殺器官は確かに面白いのだけどとても繊細な作品だとも思うのです

映画が初見なら原作で細部を補完して丁寧にたのしんでほしい。そう、丁寧に、拾ってほしい。彼らのセンシティブなアクションを。もっと言えば、作者のパーソナルな部分を。

 

とはいっても、BDで見返していて、彼女らが熱狂する理由もわからんことはないなとは思ったよ。

 

シリーズ三作に共通するけど小説の劇場化というわけで会話の量がかなり多い。

 

初見劇場ではちょっと待って今何言ったのか理解できなかった巻き戻して!!みたいなことに何度もなって、スピード感に対する情報量についていけなさを感じた。(予備知識なしだったのと、頭の回転が随分遅いタイプなのでw、普通の人にすんなり入るギリギリをうまく固定しているのかもしれない。)

 

会話に重点がある作品だからこそ聞きやすい声でなければならなかっただろうし、キャスティングはメインの若手たちはうまいわメイン以外のキャラも安定した実力者だわで豪華な集まり。

特に今作見ていて石川君うまいな~とぼんやり思った(福山潤出してもよかった)

リーランドの抜けるような明るい演技。本当に最期まで。ドキドキしちゃう。(リーランドの最期もなかなかにショッキングな視覚情報なのに、その場全員にかかっているマスキングのせいで切実に痛むことが出来ない心が、恐ろしい。)

 

彼女ら目当ての櫻井さんに関して、ジョンはクラヴィスに何らかの文法を練り込んでいたからなのか隙あらばべらべらと喋るおしゃべりな虐殺の王だったが、まあ、、、聞きやすい、、、。

 

穏やかで心地よくて、静かに浸食するその恐ろしい文法を、彼自身が本当に使いそうだと思った。ずっと聞いていると溶けてしまいそうな声。あの声でなら文法云々言わずとも「さあ、死んでくれ」の一言で死ねそうだ。

 

キャスティングのハマり具合は三作とも納得のもの、特にミァハの上田麗奈さんは個人的にぬきんでていると思った。単純に声質がすごく好きで、聞いてて全身が溶けたというのもあるのだけれど、ミァハという存在を描くのは本当に難しかったと思うの。間違ってはいけない存在だったからね。

その完璧な、冷徹で残酷で無邪気なイデオローグをよくもあそこまで裏切ることなく演じてくれたな、とありがたさすら感じます

基本全編文句なし。

 

 

BD三回見た時点でレビューをあさったのだけど、いよいよ現実が計劃氏の世界に追い付いてきたという話、まさにと思った。(細かいことは恐ろしくてかけないので、ぜひ未視聴の人は円盤なりを。)

 

劇場に来ていた櫻井ファンの子たちも「スマホを飛び越えてあんなの(多分オルタナの事だろう)考えたのすごくない??」といっていたし本当に未来が見えていたのかもしれないな。スティーブ・ジョブズもびっくりや。

本当につくづく思う、もっと年をとったこの方の作品が読みたかった・・。

 

櫻井ファンの彼女たち、 大きな声で元気よくあー面白かったー!といっていて、消化不良でちんぷんかんぷんだった私はこの子たちほんとに内容わかったのかよと思っていたのだけれど、BD見返して第一の感想が「さいっこうに面白い!!」だったので彼女らは一歩達観していたか、痛覚マスキングが見事に作用してハイになっていたのだろうなと今頃おもいを馳せている。

 

 

 

ここでプロジェクトは終わりを迎えた訳だけど、本当いい作品に出会えたと思っています。

 

いとぷろを介してegoistだったりredjuiceさんだったりを知ったのでコンテンツとして終わってしまっても違うところにつなげてくれた感じがする。個人的に大きな意味を持つシリーズになったことは言うまでもない

 

それに、何と言っても伊藤計劃という魅力的な人間がいたということを知ることができた。彼はこの作品を手癖でかいたと言っていて、もう、畏怖。w

 

作品とかインタビューとかブログとか、ある種フィルターを通した計劃氏しか知らないけれど、普通にいい人ってことだけはわかる。(謎の自信)

 

特にインタビューを読んだ時に思ったけど話してることに理解が追いつかないくらい発想も話し方も天才的なんだよね。それが、読み物を書かせるとこれ。

なんというかとても易しい文章なんだよね。書いてあることが易しくなくとも。思っているより柔らかく、とっつきにくい印象が一切ない。天才的な内容なのにバカでも読めるというか。

他人が読むことを意識するとこうなるなら、やっぱり、天才ですよ彼は。

本当に惜しい人を亡くした。

 

ラヴィス役の中村さんも言っていたように、色々あり紆余曲折を経ての公開だったけれど、虐殺器官が一番最後に来たこと、ある意味よかったのではと思っている。

屍帝ラストだとここまで気持ち的に盛り上がれなかったかもしれない。虐殺器官がめちゃくちゃに面白かったので個人的に片付け方として満足している。

 

いとぷろありがとうという気持ちでいっぱいです。さみしいけどボックスを枕元に置いて毎日眠ることにします。

 

ちなみに円盤ボックスはデザインに一目ぼれし、財布と数日間相談した末に結局欲しいで片がつき、Tシャツが特典のアニプレックスさんで購入。

一週間程度はあまりの神々しさに開封もできずひたすらに眺めていた。

本当に素晴らしい一作だと思います。ありがとう世界。

最高なので見てください。(笑)

 

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個人的ハイライトで締めます。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。解釈違いなどご指摘是非いただきたくおもいます、というより、たまらなく好きが溢れているので好きなお方とお話ししたい。

 

 

ロックウェル大尉「極めてフラットです」
タイトルロゴに後を引く、それこそフラットな不気味な存在感のあるワードだとおもった。

 

ジョン「私の言葉を阻むことは 誰にも出来ない」
単純に文法を操る虐殺の王の決めゼリフとして、めちゃくちゃに好き。

 

ラヴィス「この殺意は自分自身の殺意だろうか」
マスキングにより自分の感情の境目に疑問を覚え始めるシーン。

 

ジョン「ああ、ルツィア それが君の罪に対する責任の負い方なんだね」
ジョンはクラヴィス達が施されているそれは、虐殺の文法と根本的な部分でイコールであるとした。
完全なまでに正気で、罪と向き合いながら死体を積み上げてきたジョンの責任、ジョンと寝ている間に妻子が死んでしまった事に対して罪を感じ、ジョンの事を「私の罪そのものだ」とまで言うルツィアの責任、痛覚や感情にマスキングを施し仕事だからと感情に覆いをして死体を築き続けてきたクラヴィスの罪への責任。罪と責任が複雑に絡み合う中対面する三人のシーン。
(クラヴィスに関しては原作ではもっと深い彼の罪の意識がある事までルツィアと共有するし、赦しを乞うけれど、ざっくりカット)

 

インドのホテル警備「マダム・ポール」そう呼ばれて満更でもなさそうに返事をするルツィアは責任を負う覚悟を持っていたとしても最低だと思った。本物のファム・ファタールだよこの女は。

 

 

それから、プラハにてクラヴィスがフェロモンを目印にしながら自分の場所をウィリアムズ達に伝えていたが、その事にルーシャス達が気付くきっかけが“蝶”というのが好き。
ひらりと、誘われるようにその場に現れる蝶。それを見て「トレースドッグ...!」

初見では説明不足のためクラヴィスが落とす液体の意味も分からず蝶がトレースドッグそのものなのだと思ってしまったけれど(笑)そうじゃないんだよね。
直接的じゃないけど綺麗で、あのシーンは私の中でフェイバリットです。w